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なんしょんな!!香川・PARTT
なんしょんな!!香川・PARTT
「行政の役割」水は誰のものか/人の渡らぬ橋、車の走らぬ道/広い家 他
1,200円(税込み)
有料会員のみ閲覧できます
なんしょんな!!香川・PARTU
なんしょんな!!香川・PARTU
「高齢者対策の処方箋」
1,200円(税込み)
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なんしょんな!!香川・PARTV
なんしょんな!!香川・PARTV
「教育の危機」学校教育の危機/崩壊する家庭教育/的外れの企業内教育
1,200円+税
有料会員のみ閲覧できます
なんしょんな!!香川・Q&A BOOK
なんしょんな!!香川・Q&A BOOK
「Q&A」行政の役割/水問題/交通問題/時事
800円(税込み)
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKU
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKU
この本は、都村長生氏の政経塾「長生塾」とそのホームページに寄せられた質問に対し、都村氏が答えた内容をまとめたものです
800円+税
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKV
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKV
この本は、当ホームページに寄せられた質問に対し、都村氏が答えた内容をまとめたものです。
100円+税
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKW
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKW
この本は、当ホームページに寄せられた質問(2003年5月〜2007年3月)に対し、都村氏が答えた内容をまとめたものです。
100円+税
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKX
なんしょんな!!香川・Q&A BOOKX
この本は、当ホームページに寄せられた質問(2007年5月〜2008年12月)に対し、都村氏が答えた内容をまとめたものです。
100円+税

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なんしょんな Q&A詳細

  • 【205】 原発事故の分析(1)(2011年3月31日) (高松市 教員K)(市川市・匿名希望さんからも同様の質問)
    都村さん、もう帰国されて原発事故の経緯はある程度把握されましたでしょうか。「速報版」を拝見しましたが、ぜひ第2弾の解説をお聞かせください。マスコミではここのところ原発事故の報道がかなり増えていますが、とにかく断片的な情報があふれていて、素人なりにそれらをつなげて何が起こったのかを理解しようとしているのですが、何か根本的な大きな流れがうまくつかめません。どうかよろしくお願いします。
  •  25日に帰高後、少し情報を集めてみましたので、私の考えを整理してお話ししましょう。最初に大切なことを一つ申し上げておきます。それは、今回同時に起こった「地震・津波」の話と「原発事故」の話は全く別物であるから分けて考えないといけない、ということです。つまり、地震・津波は「天災」ですが、原発事故は前回にも少しお話ししましたように、半分以上「人災」の可能性が高いため、それぞれ違った問題を含み、対策が違ってくるからです。では、今回の原発事故について、なぜ人災なのか? では今後どうするのか? を一つずつ見ていきましょう。

    NHKの報道に感じた強い違和感

    まず、本題に入る前に、今回の日本のマスコミによる震災報道について感じたことをいくつかお話ししておきます。それが私の現時点での仮説のベースとなっていますので。私はちょうど地震が起こった11日の午前中に羽田から飛行機で香港へ発ったのですが(地震発生時は台湾上空あたりにいたのでしょうか)、中国の地方(広東省)に着いてからは、旅の合い間にNHKとCNNの報道を見ていました。もちろん中国の地方では日本の新聞もありませんし民放の報道も流れてきませんので、NHKとCNNだけしか見られなかったからですが、この2局の報道を比較してみると、NHK(おそらく日本のマスコミすべて)の報道スタンスは明らかにどこかおかしい、と感じたのです。なぜか?

    最初のうちは、NHKもCNNも地震の被害映像と津波の映像を中心に報道していました。しかし、その後の両局の報道スタンスが、全く違ってきたのです。すなわち、CNNはすぐに「地震報道(地震と津波の被害映像や解説)」が少なくなって「原発に関する報道」が中心になり、地震報道が2〜3割くらい、原発報道が7〜8割くらいというスタンスになりました。しかし、NHKは最初からずっと「地震報道」ばかりで、いかに被害が大きかったか、いかに被災者が困難な状況にあるか、あるいは政府発表の公式見解…といった映像を延々と流している。私が帰国する19日頃になってやっと原発報道が3割くらいになってきたのですが、この2局のあまりの報道スタンスの違いに、私は正直、驚くと同時に興味を抱いてしまいました。

    想像するに、CNNは「地震・津波報道はいち早く届けないといけないが、起こったこと(被害状況等)はもう取り返しがつかない。それより、これから起こるかもしれない放射能汚染のことの方が大切だ」という考え方を持って報道をしていたと思われます。しかし、NHKからはそういうメンタリティがほとんど感じられなかった。政府から「あまり原発が危険であるような報道はしないように」というお達しがあったのかもしれませんが、そもそもあの時点で、原発事故を「大したことではない」と思っていた、あるいは知識不足のため何が起こっているのかすらもわからなかったからではないでしょうか。

    その証拠の一つが、福島原発の第1号機が水素爆発を起こした時の報道です。あの時、NHKの報道はすべて政府発表を鵜呑みにして「内部の圧力容器は頑丈だから心配ない」という論調でした。極論すれば、大本営発表を流し続けた戦時中のマスコミと同じパターンです。何かおかしいぞ? と自分たちで考えようとするメンタリティはゼロに近かったのではないでしょうか。しかし、少なくとも、それを正気で聞いていたプラントエンジニアはいないと思います。要するに、水素に対する危機感が全く欠如していたからです。

    一つ事例を挙げましょう。私は石油会社に入社して最初の3ヵ月、和歌山の石油プラント工場で実地トレーニングを受けたのですが、その時、一番最初にチーフエンジニアから言われたのが「水素にだけは気をつけろ」という厳重注意でした。石油精製工場では重油を分解する時に大量の水素を使いますから、水素発生装置という大きな装置を備えています。しかし人間の作った装置ですから、事故を起こして水素が漏れる恐れは常にあります。その水素漏れが、石油プラントでは一番恐ろしいのです。

    すなわち、目に見えない水素が高温高圧で漏れているところにうっかり手などを出すと、手に穴が空く! ヘルメットも全く役に立たない、胸に当たれば即死ですよ。また、水素が漏れると、いつ爆発するか誰にもわかりません。さらに、爆発の規模は漏れた水素の量によって決まりますが、何しろ目に見えないのですから漏れた量もわからず、従ってどれほどの爆発が起こるのかもわからない。

    いずれにしろ、装置産業で水素が漏れるというのは最も危険なことなのです。原発プラントには水素発生装置はありませんが、原発で水素が発生すること自体の危険性は前回お話ししました(Q204参照)。石油精製プラントの比ではないのです。加えて言えば、水素爆発が起こってよしんば圧力容器が頑丈で無事だったとしても、周辺のパイプやバルブ、建屋内のポンプやボイラー等の一般機器は圧力容器ほど頑丈に設計されてはいないので吹っ飛ぶ可能性が高い。すると、そこから漏れた水は高温で全部水蒸気になり、放射性物質を含んで拡散するわけですから、結局、圧力容器が損壊したのと同じような危険があるわけです。従って、絶対に水素爆発前に手を打たねばならない、と何度も申し上げました(Q204参照)。

    だから「水素爆発が起こった」と聞いた瞬間、これはただごとではすまない、というのが私の第一感でした。ところが、テレビでの官房長官は平気な顔で「水素爆発が起こったが圧力容器に異常はないものと認識している」とシャアシャアと発表している。それに追従したかのように、NHKの報道でも「水素は漏れて爆発したが大丈夫だ」と繰り返し流している。私に限らず、それを聞いた多くのエンジニアは「この人たちは何の戯言を言っているんだ!」と思ったに違いありません。こんなことはプラントエンジニアにインタビューすれば誰もが知っている常識ですよ。ということは、NHKはその確認すら取っていなかったことになります。

    また、原発報道の内容についても大きな差がありました。CNNの原発報道は、当初からかなり的確でした。原発に詳しい専門家が出て来て「情報が少ないながらも、おそらくこういうことが起こっていると考えられる。最悪の場合はこういうことが起こる(少し大げさではありましたが)、もし幸運に推移すればこういうケースが考えられる。従って、早急に最悪の場合に備えてこうしなければならない…」と、きちんと説明してくれるわけです。もちろんキャスターもかなり勉強していて、専門家に対し的確な質問を投げかけながら、事態をポイントを押さえて報道する。従って、原発には門外漢の私もそれを見ていて、どういうことが起こってどういう危険があるか、だいたい理解できました。ちなみに、前回お答えした内容はほとんどCNNから得た情報をもとに書いたものです。

    一方、NHKの原発報道からは、正直私には何が起こったのか全くわかりませんでした。NHKから流れてきた原発情報は、枝野官房長官の記者発表と、東電の広報からの発表、原子力保安院からのコメント、あとはスタジオで大学教授らしき人たちが出て来て何か愚にもつかぬことを話していましたが、それは私にはとても信じられない内容でした。すなわち、彼らの話を要約すれば「情報が非常に少なくて把握しきれてない」というところまではCNNと同じなのですが、そのあと、「しかし安全だから安心してください」と言っているのです。

    ちょうどその時、ホテルのロビーで一緒にテレビを見ていた外国人がNHKの日本語放送を見て、私に向かって「あなたは日本人ですね。日本政府は何を言っているのか教えてください」と聞いてきました。私が「要するに、情報が少ないから事態が把握できていないが、安全だから安心してくれ、と言っている」と言うと、彼は「ちょっと待て! 状況が把握できてないのになぜ安全だと言えるんだ!」と驚いていました。これじゃあ誰が聞いても驚きますよ。

    政府御用達の日本のマスコミ

    加えて信じられないことは、枝野官房長官のそんな定例会見に対して、「それはおかしい」と質問する記者が誰一人としていない。記者発表の席(記者クラブ独占です)に来ている記者たちに、原子力の知識が全くないどころか、考える力さえ欠如しているとしか言いようがありません。彼らは自分たちマスコミの役目を何だと思っているのでしょう。政府発表をそのまま活字にコピーするだけなら、ネットで十分でしょう。ここでも今まで何度も指摘してきた「記者クラブの弊害」が顕著に表れていました。私はあの場にいた記者たちには「恥を知れ!」と言いたい。

    結局、現場で何が起こっているかを何もわかっていない官房長官や東電の広報、原子力保安院、専門家と称する大学教授たちが、原子力のことを何もわかっていない記者に発表しているのですから、全く内容のない報道ばかり繰り返していたわけです。少なくとも、それらを映したNHKの原発報道だけを見て何が起こったかを理解できた人は、世界中で誰一人いないのではないでしょうか。

    なぜそんな発表になったのかは、容易に推測できます。まず、原発の現場にいる東電のエンジニアは間違いなく事態を把握していたのです。おそらく彼らは水素の発生を確認した瞬間、「危険だ! 海水を入れて、ベントを引いて蒸気(放射能を含む)を出せ!」と言ったはずです(Q204参照)。私がエンジニアとして現場にいても必ずそう言います。

    しかし、それがおそらく技術部長に伝わり、部長から発電所長に行き、本部の部長クラスに伝わり、社長に伝わり、そこから政府に伝わるという伝言ゲームの中で、「危険だ!」という情報が「本当に爆発なんてするのか?」「もし爆発しても、圧力容器はどうなんだ?」「圧力容器は大丈夫」「じゃあ安全なんだな」「水素が発生したようですが安全は担保されていると認識しています」…となって、現場の事態が把握できない上層部に行けば行くほど玉虫色の情報になっていったのだろうと思います。

    ちなみにその後、CNNでも枝野長官の記者発表の様子が英語字幕付きで何度か流れましたが、映像はすぐにカットされていました。何しろ彼は「情報がない、しかし安全だ」という意味不明のことしか言っていないわけですから、内容のない会見は流しても意味がないのでカットされたのです。あの人は自分のやっていることを空しいとは思わないのかしら。ここまで来ると、それすらも考える力がない人なのだ、としか言いようがありません。

    余談ですが、12日に第1号機が水素爆発を起こした時の映像は、CNNではすぐに流れましたが、NHKでは全く流れませんでした(未だに流れていないのではないでしょうか)。なぜなんだろうと思ってよく見たら、あの映像は「ロイター提供」なのです。NHKのプライドで他社の映像を流さないのか、あるいは政府から「生々しすぎる」と圧力があったのか、真相は知りませんが、この時にも「何かNHKの報道はおかしいぞ?」と思ったのを覚えています。いずれにしろ、中国でCNNを見ていて、NHKの報道と政府発表に強い違和感を感じたことをまずお伝えしておきます。

    今回の原発事故は、半分以上「人災」だ

    では、現時点で少し情報が伝わってきましたので頭の中を整理してみましょう。今回の原発事故は、半分以上「人災」だ、というのが私の見立てです。その理由は大きく分けて3つあります。

    1つ目は、東電のEmergency時の意志決定システムに瑕疵があり、それが被害を大きくしてしまったことです。一般的に装置産業のEmergency時における意志決定システムの鉄則は、「現場を一番よく知っているエンジニアに全権限を与えて意志決定を委ね、トップは起こったことに対して責任だけをとる」というものです。ポイントは、「役職や学歴に関係なく、現場の非常事態を専門的に理解できる者が意志決定をする」ことにあります。

    何しろ緊急事態なのですから、事態を技術的に把握できない者に緊急の意志決定ができるはずがなく、また、現場にいない上層部に判断を仰いでいてはとても間に合わないからです。ところが、今回はおそらく東電の社長(もしくは政府、後述しますが、どちらかがはっきりしないことが問題なのです)が意志決定をしようとしたと思われる。その結果、現場のわからない、技術のわからない者が、しかも緊急時に時間を費やして甘い判断を出してしまい、被害が広がってしまったのではないでしょうか(そのあたりの推測はQ204に書いた通りです)。

    改めてエクソンの例を出しますが、エクソンは世界各国でもう100年以上も装置産業(石油精製)を行ってきています。その間、何度も何度も事故で大変な目に遭ってきて、そのたびに学習しながらたどり着いたのが、現在の「Emergency時には、現場に精通した工場長がすべての権限を持って意志決定をする(実質的には現場を一番よく知っているチーフエンジニアが意志決定し、工場長が責任だけとる)。例え数百億円の装置を壊すことになっても、すべてチーフエンジニアの判断に委ね、その結果についてはトップが全責任を負う」という意志決定システムなのです。皆さんは驚くかもしれませんが、夜間等、工場長、チーフエンジニアが不在の時にはナイトスーパーバイザー(高卒のベテランオペレーター)がその任を務めます。高卒の1オペレーターが何百億円もするプラントの廃棄云々を決めるのですよ。

    もちろん、チーフエンジニアやナイトスーパーバイザーが判断を間違うかもしれませんが、それでも「情報を上に上げてトップが意志決定を行う」よりはベターだ、というのが今までの経験則なのです(Q182参照)。それほど緊急時には現場の技術的判断が重要視されるのです。いずれにしろ、東電の中ではそうした非常時の意志決定システムが用意されてなかったと思われる、それが「人災だ」という理由の1つ目です。

    2つ目は、これまで何度も申し上げましたが、原発の責任を国と会社の間で曖昧にしたままであるため、緊急事態に素早く反応できなかったことです。すなわち、そもそも原発というのは行政(国)が責任を持つべきものなのか、民間の電力会社(株式会社)が責任を持つべきものなのか、その線引きを曖昧にしたまま運営しているのが今の日本の原発であり、その曖昧さが今回の「人災」のそもそもの導火線になっている、というのが私の意見です。卒塾生の方は四国電力の歪なバランスシートの分析をした時のことを思い出してください。私は15年も前からこの無責任体制の怖さを指摘してきていたのですが…今回それが顕在化してしまいました。残念です。

    今、日本の原発は形の上では民間の株式会社が運営していますが、実体はそうではありません。例えば、理屈から言えば今回事故を起こした福島原発は民間の株式会社である東京電力の発電所ですね。すると、福島原発の施設は株主のお金を使って作った東電の固有資産であり、本来ならそれに対して政府がああしろ、こうしろ、と指図をする権限はないわけです。逆に東電から政府に対しても、内部事情を逐一報告する義務もない(災害対策基本法等の法律に則った報告義務はありますが)。それが通常の民間企業と政府の関係です。ところが実際は、原発を株式会社に運営させながら、経産省が管理をしている。つまり、東電は政府のご意向を伺いながら原発を運営しているわけです。するとどうなるか?

    おそらく、東電は原発を「国から委託されている」というメンタリティで運営しているのではないかと思います。そうなると、先述した「Emergency時には、現場を熟知したエンジニアに意志決定をすべて任せる」というシステムはとても作れません。国の管理下にあるもの(国民の財産)の存廃の権限をまさか1エンジニアに預けるわけにもいかず、エンジニアにしても自分の判断に全国民の生命財産がのしかかってくるとなると、とても受けられるものではないからです。それを考えれば、この責任の曖昧さが緊急時の正しい意志決定システムができていないことに対する遠因になっていることが、もうおわかりでしょう。

    逆に言えば、もし本当に東電株式会社が全責任を持って福島原発を運営するのであれば、おそらく間違いなく、先述の意志決定システムを導入していると思います。それが装置産業における被害を最小限に食い止める最良の方法であり、株式会社として株主の利益を守る最良の手段なのですから。

    ちなみに、私に言わせれば、原発というのは国策として行っているわけですから、本来、国が責任を持って運営すべきものだと思います。原発は国が買い取るべきなのです。それを今、政府は面倒なものはすべて民間会社にやらせる…まず建設時、立地に反対する住民の説得、用地買収から始まり、設計、建設、オペレーションはもちろん、すべての運営を丸投げで預け、一方、平時には管轄下に置いて政治家と役人が利権をむさぼり、事が起これば民間の一株式会社にすべての責任をかぶせている…そんな状態で非常時に対応できるはずがないのは誰の目にも明らかでしょう。今回の事故について、内閣(政治家)と原子力保安院(役人)と東電(会社)の間でなりふり構わぬ聞くに堪えない責任のキャッチボールが行われているのは皆さんご存じの通りです。

    遡れば、この原発の責任について行政と民間の区分けという重要な問題をこれまで50年間も放っておいた政治家たちの無策の罪も問われるべきだ、これが立法府の仕事でなくて、他に何があるのか? というのが私の意見です。これが2つ目の「人災」です。

    3つ目は、技術的な話になります。すなわち、原発のバックアップシステムの根本的な思想と設計にミスがあったということです。日本の原発は、後述しますがその成り立ちからして世界でもトップクラスの安全性を要求されて作られているため、バックアップにものすごく冗長性を持たせているはずです。つまり、「これが故障すればこれでカバーし、それがダメなら次はこれで…次はこれで…」というふうに何重にも備えが施され、信頼性は限りなく100%に近く設計されている。ところが今回、それには一つだけ大きな穴があることが発覚しました。それは、すべての冗長性が「電気が来ている」という前提のもとに成立していたということです。まさか発電所が停電するとは、誰も思わなかったのでしょう。

    実は、Emergency時の冗長性の“最後の砦”は、マニュアル操作、つまり「手動」なのです。手動で制御できる仕掛けを持っておかないといけない、ということに、今回改めて気づかされたわけです。再び石油精製会社の例を挙げましょう。石油プラントにも温度計や水位計、圧力計等のゲージがあり、それらのデータは電気系統で中央制御室に送られているわけですが、Emergency時には電気系統が作動しなくなってデータがわからなくなる、つまりプラント内で何が起こっているのかがわからなくなることがあります。その時の最後の手段は、オペレーターが走って行って直接計器を「目視」で確認するのです。

    残念ながら、原発の場合は放射能汚染がありますから、直接ゲージを見に行くとなると「決死隊」になってしまいます。おそらく今回の原発事故も、ゲージが異常な数値を示した時に、はたして炉内で本当に異常が起こっているのか、あるいは電気系統が壊れて異常数値が出ているのか、を直接見に行って確認ができなかったのだと思います。従って、データが信用できないために「炉内で何が起こっているか」の把握が遅れたのではないでしょうか。しかし、確かに状況は困難ではあったけれども、これも「人災」の一つです。

    従って今後は、何らかの形で遠隔から目視できる手段(ミラーを使う等、十分可能でしょう)を講じておくとか、冷却水の注入も電動のポンプだけでなく、例えば保水塔のようなものを設置し、最後は手動でバルブを回して高さを利用して水を落として注入する等、マニュアル操作による「冗長性の最後の砦」を作っておく必要が出てくるでしょう。とにかく最悪でも水が回るようにしておけば何とかなるのですから。

    いずれにしろ、石油精製の100年以上の歴史に比べると、原子力発電は稼働を始めてまだ30〜40年ですから、こういう事故を乗り越えながらよりよいシステムができあがっていくものだ、と申し上げておきます。こう考えてみればどうでしょう。今回の地震・津波は千年に1回の大天災と言われています。しかし、上述の人災の原因に対する対策を講じておけば、何とか大惨事は避けられたわけでしょう。そうすれば、次の原発は千年に1回の地震・津波にも耐えられるものができるはずだ、と考えられるのではないでしょうか? 決して「羮(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」愚を犯してはいけません。日本の将来は原発なしでは存在し得ないのですから。

    緊急対策の3つの鉄則が何も守られていなかった

    もう一つの「人災」は、事故が起こった後の対応のまずさです。宮崎の口蹄疫(Q182)の時にお話ししましたが、Emergency時に被害の拡大を防ぐためには、
    (1)専門知識を持つリーダーを一人決めて、そのリーダーに全権限を与える。
    (2)対策の実行に強制力を持たせる。
    (3)対策は早く、大きく行う。
    の3つの鉄則があります。これに照らし合わせて今回の政府の対応を見てみると、どれ一つとしてきちんとできていたものがありません。

    まず(1)は先述した通り、専門知識を持つ者(現場のエンジニア)はいたのですが、彼には全く権限がなかった。従って、当然(2)の強制力も持ちようがない。そして(3)は、意志決定権を持つ者たち(政府、東電の経営陣等)に専門知識もなく、現状の把握もできてないため、対策は「遅く、小さく」なってしまった。そして、付け加えればQ182で「残念ながら今の日本では政治家にこの意志決定権を与えてはいけない」と申し上げました。その過ちを今回も繰り返してしまったわけです。

    今回の事故の場合、「早く、大きく」というのに失敗した例を一つ挙げておきます。とにかく水素が発生した時点で「燃料棒の空焚きが起こっている!」と予測できたわけですね。すると、もうあとは何が起きてもおかしくない、祈るしかない、という事態なのですから、この時点で即、「半径100km以内は全員待避!」くらいの指示を出さねばなりません。

    事実、アメリカ海軍はすぐに「80km以内に近づかない」という指示を出しましたし、外国の大使館員もすぐに避難しました。250kmも離れた東京から避難する必要はなかったと思いますが、何が起きるかわからない時には、最悪のことを想定するのが当然です。加えて、現場でベントを開けて水蒸気を抜く等の緊急対策を行うにも、放射性物質が飛散するため、飛散地域に住民がいたのではとてもできないからです。ところが、実際の政府の対応はご存じの通り、最初に半径3km圏内に避難指示を出し、その後、10km圏内、20km圏内、30km圏内と小出しに広げて行き、しかも強制待避ではなく自主避難という無責任さです。これでは、うまくいくわけがないのは明白でしょう。

    結局、これら緊急対策の鉄則がすべて守られなかったために、被災者に無用の不安を与え、さらなる危機を招いてしまったと言えます。いずれにしろ、意志決定システムの不備、行政と民間の線引きの怠慢、冗長性の穴、そして守られなかった緊急対策の鉄則、これだけのことが重なれば、今回の事故の半分以上が「人災」であることはおわかりいただけたと思います。

    「事故は起こるものだ」という前提で発想すべきだ

    次に、これからどうすべきか、の話に入りましょう。ところで、これまで述べてきた数々の「人災」的要素の背景には、装置産業の中でも原発だけに特有の、あるメンタリティが強く影響していることにお気づきでしょうか。それは、装置産業の「事故」に対する根本的な思想の違いです。どういうことか?

    例えば、石油会社は100年以上のオペレーションの歴史から「事故は必ず起こるものだ」という前提で物事を考えています。もちろん、事故を起こさないための努力は徹底的に行いますが、しかし「絶対に安全な装置」などというものはこの世に存在しない、どれだけ事故防止策を講じても事故は必ず起こるものだ、という事実を認め、「事故が起こった時にいかにして被害を最小限に食い止めるか」に全力で対処しているのです。石油プラントは燃えるものを扱っていますから、実際、ボヤ程度のトラブルは3日に1回くらい起こっていると言っても過言ではありません(Q50参照)。しかし、それをいかに小さいうちに消し止めるかについて徹底的に対策を講じているため、大事に至ることはほとんどありません。また、万が一、事故が起こっても、先述のように被害を最小限に抑えるための方策(意志決定システム等)を備えているわけです。

    ところが、日本の場合、原発の「事故」に対する根本思想は「事故は起こらないもの、絶対に起こしてはならないもの」という考え方が前提になっている。そこが根本的に違っているのです。この第1ボタンを掛け違えている限り、何をやってもうまくいきません。例えば、津波対策にしても「津波は絶対に工場に入れない」という対策を講じようとする。地震が来ても絶対に大丈夫なものを作ることにすべての努力を注ぎ込む…等々。

    もちろん、それは非常に大事なことであり、事実、今回のマグニチュード9もの大地震に際して圧力容器が壊れずにきちんと緊急停止したことは、世界に誇れる日本の技術のたまものであったと思います。しかし、事故というものはいかに防止策を講じていても、人知を超えたレベルで起こることが必ずあるのです。人的ミスも必ず起こる。ところが、日本の原発は「事故は絶対に起こしてはならない」という思想に凝り固まってしまっている分、「起こった時にどうするか」という対策が十分でなかったと考えられます。

    なぜそうなったのかというと、それは明らかに行政とマスコミと「民意様(Q183参照)」の責任だと言わざるを得ません。つまり、絶対安全な装置などこの世にあり得ないにも拘わらず、「絶対安全だ」と言わない限り原発を認めようとしなかったのがマスコミと民意様であり(それなのに「電気は欲しい」「停電は許されない」と言うわがままな人たちですが)、その“泣く子と地頭”を恐れてとりあえず懐柔するために「原発は絶対安全です」とウソを言い続けてきたのが政府(政府の管轄下にある電力会社)だからです。

    すると、一度お上が「安全だ」と言ってしまった限り、本当に「絶対安全」を求めるしかなくなるから、必死になって「絶対に事故の起こらない装置」という“あり得ないもの”を作ることに全力を尽くすことになる。また、万が一に備えて事故発生時の冗長性を重ねようとすると、「なぜそんなバックアップシステムをたくさん作るんだ」と問われ、「事故対策だ」と正直に答えると「それみろ、実は危ないんじゃないか!」と詰め寄られる…。何かおかしいと思いませんか?

    結局、すべては「事故は絶対に起こしてはならない」という根本思想に、入り口から無理があるのです。従って、今後のステップとしてまず第一に、原発は正直ベースで「絶対安全な装置などない、事故は起こるものだ」という国民との合意から始めるべきだ、というのが私の意見です。繰り返します。この第1ボタンを掛け違えている限り、必ずまた事故は起こりますよ。

    原発廃止ではなく、より安全な原発に向けて進むべきだ

    最後に、では今後原発はどう進めるべきか? をまとめてみましょう。取り組むべき課題はいくつもありますが、一つだけ、絶対に政治がやらねばならないことがあります。それは、「今回の事故を教訓に、さらに安全な原発の技術とシステムを目指して行こう」という方針を打ち出し、それを国民との間で合意することです。具体的には、
    ・今回はこういう事故が起こって不幸なことになったが、装置産業というものは事故の経験を経てだんだん安全になっていくものだ。
    ・今回は社内意志決定システムの不備もあったし、行政と民間の線引きもできていなかったし、バックアップシステムの設計ミスもあったが、それらは必ず次に生かして改善する。
    ・日本では地震も津波も必ず起こる。そして「絶対安全な原発」というのはあり得ない。しかし、資源のない日本はエネルギーを原発に頼るしかない国である(Q50Q128Q133等参照)。他の選択肢はないのだ。
    ・従って、今回の事故を教訓に、わかったことはすべて改善し、さらに安全な原発を目指して行こう。それは必ず可能だし、結局はそれが私たちのためであり、子孫のためであり、それをやるのが政治の役目である。
    という内容の強い決意を、政府がきちんと発表するべきだ、そして、国民もリスクをとってそれに合意するべきだ、というのが私の意見です。それがすべての始まりなのです。ここさえクリアできれば、技術的な問題は何とでもなりますよ。

    なお、福島の原発6基をどう再生、廃棄させるのかについては、今回はコメントしておりません。反応器の損傷具合が全く不明な現在、仮定に仮定を重ねた議論をしてもあまり意味がないと考えたからです。ただ、多くの皆さんが考えているように何カ月単位では、絶対に収束(安定化)しませんよ。崩壊熱(核物質が他の放射性物質に変化していく時に出す熱)が安定化するには5〜10年を要する、というのが常識ですから、廃棄するにしても最低5年くらいは現在の場所で冷却を続ける必要があるからです。

    また、ここでは日本のトップリーダーたる菅首相の無能力さが今回の事故をより悲惨なものにしたことも特別取り上げておりません。皆さんいろいろ意見の違いはありますが、彼が国のリーダーとして全く機能していないのは不思議に全員見解が一致しているようですから。禍不単行…最悪の事態は得てして最悪のリーダーの時に起こるもの、なのでしょうか?